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基礎・トランスレーショナル研究
不整脈1│不整脈2│血管炎│心不全│血液凝固│その他│循環生理解析グループ
臨床研究
誘電コアグロメーターを用いた全血凝固能評価
研究目的
より鋭敏な凝固能評価系を確立し、血栓リスクの評価と、抗凝固薬の薬効評価に役立てること。心房細動の際の抗凝固療法の適応の判断、Xa阻害薬をはじめとする抗凝固薬の用量決定、がん患者さんの血栓リスク評価などへの応用を目指します。
研究の背景
脳梗塞は、脳の血管が詰まることによって生じます。脳梗塞にはいくつかのタイプがあり、心臓の中で血栓ができて、脳の血管に詰まるものを心原性脳梗塞と呼びます。心原性脳梗塞は重症になることが多く、突然の脳梗塞の発症によって社会生活を送れなくなることがあり、その発症予防は重要な課題です。心原性脳梗塞の発症予測評価として、CHADS2スコアがあります。CHADS2スコアとは、心不全・高血圧・高齢・糖尿病・脳梗塞の既往、を点数化したもので、心房細動にともなう心原性脳梗塞のリスク評価に使用されてきました。近年、心房細動と診断されていない人でもCHADS2スコアと脳梗塞の関係が報告されてきています。CHADS2スコアは、合併症の有無を点数化するだけで簡単に計算できるのですが、その一方で、脳梗塞のリスク評価指標としては限界があることも知られています。 血液の固まりやすさを血液凝固能と呼びます。血液凝固能には個人差があり、凝固能が高いほど血栓が生じやすくなるので、心原性脳梗塞の危険が高くなります。従来の検査の多くは、血液の液体成分である血漿を用いて検査を行っており、血球を含めた血液全体(全血)の凝固能を定量的かつ簡便に測ることは困難でした。
研究内容
当研究室ではソニーIP&Sとの共同研究として、同社が開発した誘電コアグロメーター(Dielectric Blood Coagulometer, DBCM)を用いた全血凝固能評価を検討してきました。誘電コアグロメーターとは、電極がついたカートリッジの中に血液を入れ、交流電場を加えて誘電率 を計測する装置です。血液が凝固する過程では赤血球が凝集・変形し、血液の誘電率が徐々に変化します。我々は、10MHz帯の誘電率変化から微分波形を算出し、新しい凝固能の指標であるEAT (end of acceleration time) を確立しました。EATは高い再現性をもって計測可能で、凝固能の微少な亢進と低下をどちらも評価しうることを明らかにしました(図1)。
続いて、心血管疾患の患者さんをCHADS2スコアによって0点、1点、2点以上の3群に分類し、DBCMによる評価を行いました。その結果、脳梗塞リスクが高いとされるCHADS2スコアの高い群ではEATが有意に短縮しており、凝固能が亢進していることが明らかになりました。興味深いことに、CHADS2スコアでは脳梗塞のリスクが低いとされる0点の群でも凝固能には大きなばらつきがあり、一部の症例はCHADS2スコアが高い群と同じ程度の値を示しました(図2)。CHADS2スコアでは判定できない、脳梗塞リスクの高い患者さんを見つけ出せる可能性が考えられました(Hasegawa T, Hamada S, et.al. PLoS One 2016)。
さらに我々は、誘電率の経時的変化と凝固カスケードの関係について検討しました。血液凝固は、多くの凝固因子が連続的に活性化する、凝固カスケードと呼ばれる反応系によって進みます。凝固カスケードは、内因系・外因系という2つの経路で始まり、共通系に合流して進行しますが、凝固因子Xaは共通系の始まりにある、凝固カスケードの中心的な因子といえます。そのため、凝固因子Xa活性を評価することは重要と考えられますが、Xa活性の測定には合成基質を用いた検査を行う必要があり、通常の臨床検査で評価することは困難です。
我々は、凝固開始から誘電率の微分波形がピークに到達する点までの時間(maximum acceleration time, MAT)が合成基質法によるXa活性と最も高い相関を示すことを明らかにしました(図1)。さらに、Xa選択性の異なる3種類の抗凝固薬(未分画ヘパリン・低分子ヘパリン・Xa阻害薬)を血液に加えて誘電コアグロメーターで評価を行うと、誘電率変化の微分波形は薬により異なったパターンを示し、Xa選択性が高い薬剤ではMATがより延長しました。これらの抗凝固薬を加えた血液サンプルで抗Xa活性を測定し、MATとの相関を検討すると、全ての薬剤で抗Xa活性とMATは共通の相関を示しました(図3)。
以上の研究により、DBCMを用いて簡便に患者さんの全血凝固能とXa活性が評価でき、これらの個人差をもとに血栓形成や出血のリスクを考えて、内服治療を行うことが可能となります。また、必要に応じてXa阻害薬の用量調節へも応用できるかもしれません。 患者さん個々の状態を精密に評価してきめ細かく治療を行うことをプレシジョン・メディシン(精密医療)、といいますが、抗凝固療法におけるプレシジョン・メディシンへの応用を目指して研究を行っています。
・主な業績
- Hasegawa Y, Hamada S, Nishimura T, Sasaki T, Ebana Y, Kawabata M, Goya M, Isobe M, Koyama T, Furukawa T, Hirao K and Sasano T. Novel Dielectric Coagulometer Identifies Hypercoagulability in Patients with a High CHADS2 Score without Atrial Fibrillation. PLoS One. 2016; 11: e0156557.
- Hamada S, Hasegawa Y, Oono A, Suzuki A, Takahashi N, Nishimura T, Koyama T, Hagihara M, Tohda S, Furukawa T, Hirao K, Sasano T. Differential Assessment of Factor Xa Activity and Global Blood Coagulability Utilizing Novel Dielectric Coagulometry. Sci Rep 2018; 8: 16129.
文:笹野哲郎